釘村千夜子(くぎむら ちやこ)
看護師/助産師
宮崎県都城市出身。1954年生まれ。
自宅出産で産まれた8人兄弟の7番目(母は授かった子どもはみんな生んだと言いました)。
タイ・カンボジアでのNGO(JVC/SHARE)で、母子保健活動やエイズ予防、思春期の心と体のケアなどに携わる。
その後1992年に東京で出張専門助産所を開業。
自宅出産・母親学級・新生児訪問・思春期相談(エイズ/性感染症予防中心)・産まれる話出前講座など活動は多岐にわたる。ここ数年は定期的に帰省する事情となり、出産介助などの活動は休止中。
現在は、自ら考案した抱っこ帯「ねんねこりん」の普及に努めている。
「抱っこ」が、お母さんと赤ちゃんの信頼関係を築く
あたりまえのことですが、手のある動物は、たいてい赤ちゃんを「手」で抱きます。
特に、その中で人間が最も手先が器用で、抱く、なでる、さする、ゆする、つまむ、押す、引っ張る、支えるなど、生きるために、生かすために、育児にも上手に「手」を使いこなしています。
大昔の出産は、野外で産まれた赤ちゃんはすぐに抱き上げられ、すぐに人肌に包まれて暖められたはずです。生まれたての赤ちゃんは周囲の自然の危険から守られて、回りのみんなに抱っこされ、育てられたのでしょう。
それに似た光景を私の幼少時代や、アジアのあちこちの国々でも見聞きしました。
5~6歳の子どもが0歳~1歳位の赤ちゃんをひょいと抱いて、子守をしながら楽しく遊んだり、赤ちゃんを抱いて学校の授業すら受けているのです。赤ちゃんのいる自然な風景です。
赤ちゃんが自分の回りの人や環境に慣れ、信頼して抱かれる事が出来るようになるには順序が必要です。生まれる前の赤ちゃんは10ヶ月もの長い間、成長しながらお母さんの子宮の中で、ゆるゆると抱きしめられて、とても安全なところにいます。
妊娠・陣痛・出産はお母さんにとっても大変な努力、忍耐を要する独自の体験です。でもお母さんは生まれて来る赤ちゃんよりもずっと長く生きてきて知識や知恵があるので、自分に何が起きているのかを受け入れられます。
しかし赤ちゃんは、生まれる時に初めての経験を数々乗り越えて、やっと産声をあげる事が出来る超新人です。「何が起こるの」「どこに行くの」「ここはどこ」「この人はだれ」・・と、未知の体験の連続で成長を続ける人です。そして赤ちゃんは母親との最初のスキンシップ・肌のふれあいを通して「まるごとの信頼」を学びます。
しかし、今でもまだほとんどの場合、生まれてすぐの赤ちゃんは人肌も感じない壁に囲まれた新生児室に移されて、赤ちゃん用ベッドでひとり過ごします。生まれたばかりの赤ちゃんの人生が「全く知らない場所と人」の中ではじまるのです。
母の胎内では、ずっと抱っこされていた状態なのに、生まれてからはお母さんの声も気配もしないのはどんなに不安でしょう。一番会いたかった人を泣いて求めても、抱き上げてもらえない失望感、落胆の原体験を母子分離という形でこんなに早く体験してしまうのです。
赤ちゃんからの命がけの「抱っこ」の要求にこたえてあげられなかった理由はさまざまでしょうが、気がついた時にしっかり何度でも応えてあげたいと思うのです。子どもの心の傷を修復する基本は昔から「優しく抱きしめる」事だと言われています。
「抱っこ」は赤ちゃんからの「信頼」を取り戻す最良で最短の方法です。
頑張って生まれてきた赤ちゃん、誰でもが「抱き易いサイズ」に生まれついた、やわやわの新生児ちゃんこそ、第二の子宮とも思えるような抱っこおびで安心させ、ちゃんと手を添えて抱っこしてあげたいのです。
お母さんと赤ちゃんの心と体の絆を強くする「抱っこ」をお母さん自身が充分実現できたら、その次には私達みんなで抱っこをサポートする事を楽しませていただきましょう。「抱ける手を持つ」私達ですから、みんなで子どもを抱っこする社会を再現したいです。
「これから生まれようとする人」が主役の絵本
「あなたの創作した童話に、有名童話画家が絵を描きます」というキャッチコピーにひかれ「第八回アンデルセンメルヘン大賞」に応募したのは、1990年のことです。
結果はみごと落選でした。
「やっぱり審査員のみなさんにも想像しにくい世界なのかな‥」と記念の絵葉書セットを眺めては、自信作だった私の童話を何度も読み返しました。
命がどうやって始まったのか、赤ちゃんは母親のお腹でずっとどんな風に過ごしているか、どの赤ちゃんが生まれてよいのか等、長年の興味から「これから生まれようとする人」が主役の絵本があればいいな、と思って作ったお話です。
絵本にはなりませんでしたが、今はHPという便利なものがある時代です。せっかくなので、20年余りの時を越えて私の自信作をこちらで発表させていただこうと思います。
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わたしは誰かなぁ 知ってるよ わかるの わたしは “私” なの まだ名前がないから 自分で呼べないの ここはどこかなあ わかった おかあさんのお腹の中だ うれしいな おかあさんは まだ私を見つけていないぞ じっと かくれんぼしとこ 心臓がドキドキする | ![]() |
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あれぇ じっとかくれてる間に 手と足が出来たみたいだけど どれが手で どれが足かなあ きっと顔の近くにあるので手だな | ![]() |
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わたしの体は なんか柔らかい所にくっついていたけど このごろ おへそのひもが伸びてきたから 体がフワフワと柔らかい壁から離れてきたぞ わたし、カエルさんみたいな手だから 泳ぎたくなっちゃう ヒラヒラ ちょっと泳げるぞ | ![]() |
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わたしは水の中にいるから 泳ぐのうまいんだけど あまり遠くまで行けない ふわふわ浮かんでるのが気持ちいいな 時々くるっと体が勝手に回っちゃうんだよ おもしろいよ 短いしっぽはもうなくなったけど 足を動かせば すぐ元にもどれるから大丈夫 のどに水が入って来た こんなのはじめて こくんと飲んだら こくんと出来たよ わたし お口があって 今 水を飲んだんだね どんな味かって? あまりおいしくないね 海のにおいがするよ おかあさんは 「空気がおいしい」って言ってたけど 空気ってどんなのかな まだ ひうって 空気を吸った事がないの どんな味がするの 気持ちがいいの? | ![]() |
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何かが手にさわったから握ってみたら すべすべぎゅうぎゅうしてるよ おもしろいから 時々おもちゃにして遊んでるの これ わたしの お臍のひもだったよ 夕べはね おかあさんが眠ろうとしている時に わたし 手や足を動かして遊んでたの そしたら 今までずっとかくれんぼしてたんだったこと わすれちゃったの とうとうおかあさんに見つかっちゃった 「私の赤ちゃんが動いたのね」って わたしにたずねたよ | ![]() |
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かくれんぼで見つかってからは よくおかあさんが話しかけてくるんだよ 時々私が眠っていて聞こえなかったりするけど おかあさんが何も話さなくても わたしは おかあさんのことは何でもわかるのが うれしいの | ![]() |
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このごろは夜と昼がわかるんだよ 暗いのが夜で ちょっと明るいのが昼でしょう 目をパチパチしてみるけど やっぱりそうみたい 昼にはどんな色があるのかな わたしはまだ知らないの | ![]() |
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音は沢山わかるようになったよ おかあさんの声がいちばん大きくて やさしい声でしょ テレビの音もちょっときこえるよ おかあさんがお皿をわってしまった時は びっくりして おかあさんのお腹をけってしまったの おかあさん痛かったかなあ すぐにお腹をそっとなでてくれたから もう平気だなと思ったけどね | ![]() |
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おかあさんってやさしいんだよ わたしが充分に大きくなってきて おかあさんのお腹も すごく大きくなったからね 両手でかかえてくれたりするんだよ 気持ちがいいよ もうかくれんぼはできないね 誰にでもすぐ見つかっちゃうの そしたらね おかさんの大きなお腹を見た人は みんな おかあさんに優しくなるんだよ うれしいな 私もうすぐ生まれるの お・し・ま・い | ![]() |
あとがき 〜親と子の想い〜
子どの頃から、4月3日というのは私の “役場の誕生日” と思っていました。
両親から「おまえは3月末に生まれたんだけど、家(うち)で生まれる最後の子どもだろうから(7人目)、学校に早く出さないで家でゆっくり遊ばせようと考えた。役場に届けるのを産婆さんに4月3日にしてもらった」と聞いていました。
実際はその4年半後に妹(8人目)が生まれました。
で、本当は3月のいつ生まれたのか何度聞いても母は「沢山産んだので覚えていない」と言うので、がっかりでした。
子ども心に “ウソの誕生日” にはあまり気が入りませんでしたが、日を変えたのは“手元に置きたい”親の愛情の証と感じる今では、誕生日は両親の話を思い出して幸せな気持ちになります。
























